前回、タバコがやめられないのは知らぬ間にかけられた「呪い」のためである、
という話をしました。あまりにエキセントリックな物言いに引いてしまった方が
いるかもしれませんが、私はいたって真面目に書いたつもりです。
で、「呪い説」を提唱した以上はその解き方まで説明するのがスジというもの。
今回は呪いから抜け出す方法についてお話したいと思います。
…といっても特別難しいことをするわけではありません。
呪いにかけられたからといって、魔法の薬や白馬に乗った王子さまのキスが
必要なわけでもありませんからご安心ください(笑)
実は前回の記事からここまで読み進んできたあなたは、
すでに呪いが解けかけているのです。
どういうことか順を追って説明しましょう。
あなたはこのブログにたどり着くまで、自分が呪いにかかっているなんて
これっぽっちも思っていませんでしたよね。無理もありません。
呪いとは相手にそれと悟らせることなくかけるものだからです。
ここでひとつ疑問が浮かんできませんか。
呪いは人々の思考や行動をコントロールするほど恐ろしく強力なものです。
それほどのものをなぜわざわざこっそりとかけなくてはならないのでしょうか。
実はここに呪いの致命的な弱点が隠されています。
呪いとはかけられた相手がひとたびその存在に気づいてしまうと、
それまでのように効力が発揮できなくなるものなんです。
なにかのきっかけで「私は呪いにかかっている」と自覚した瞬間、
呪いは呪いでなくなってしまうんですね。
ですからまずは「自分がタバコをやめられないのは呪いのせいなのだ」
と自覚することからはじめてください。このとき気をつけてほしいのは、
決して無理やり自分に言い聞かせようとしないこと。
心の片隅にでも留めておいてくださったらけっこうです。
このように考えるだけで喫煙者を苦しめる代表的な呪いのひとつでもある、
「タバコがやめられないのは意志の弱さのせい」という思い込みから
解放されます。どうでしょう、責任転嫁しているように思いますか(笑)
でも実際、タバコをやめるために意志の強さはさほど関係ありません。
あとは楽な気持ちでこのブログを最初から読んでみてください。
記事の中で「常識」や「幻想」と表現されているものは、
そのほとんどが「呪い」と置き換えることができます。
すなわち、読み進めていくうちにタバコにまつわる呪いが
次々に解けていくという、「気づきの連鎖反応」が起こるんですね。
ところで、ここまで読んできたあなたは「タバコの呪いを解くのは簡単だ」
と思ったかもしれません。実際、私もできるだけストレスなく卒煙できるように、
わざと楽観的に書いた部分があることを認めます。ただ正直なところ、
このブログを読めば誰でも等しく呪いが解けるわけではないんですね。
「頭ではわかったつもりだけど、どうしても吸いたい気持ちがおさまらない」。
こういった悩みを抱えている方が多いことも承知しています。
そのような方のために、喫煙衝動への対処法をひとつお教えしたいと思います。
タバコが欲しいと思ったとき、
「これは自分の意志ではなく、第三者によって仕組まれたものなんだ」
と考えるようにしてみてください。
喫煙衝動を自分の内から湧き出た感情ではなく、
他者から植えつけられたものだと認識するんですね。
吸いたい気持ちに苦しんでいる自分を、シラフの状態でいるもうひとりの自分が
冷静かつ客観的にながめている様子をイメージしてもらったら、
わかりやすいのではないでしょうか。あとは意識的に2回ほど深呼吸をすれば、
たいていの喫煙衝動はおさまってしまうものです。
自分を客観視する。このコントロールがうまくできるようになると、
次第に喫煙衝動そのものを感じなくなってきます。
「あなたはタバコを吸いたがっている」という呪いが徐々に弱まるんですね。
念のために言っておきますと、この作業は吸いたい気持ちを
「ガマンして」やりすごすこととはまったく違います。
ガマンとは自分を客観視できないがゆえにとる行動だからです。
あまり難しく考えずに、想像力を働かせて試してみてください。
タバコにまつわる呪いはそれこそいたるところに転がっています。
まずは呪いにかけられている現状を謙虚に受け止め、
タバコについて信じ込んでいる知識に疑問を持つことからはじめてみてください。
新鮮な「気づき」こそが呪いに対する最良の特効薬ですから。
2009年10月20日
2009年10月06日
呪いのことば
子どもの頃、心霊写真やこっくりさんといったオカルト的なものが好きでした。
大人になった今ではさすがに興味がなくなったのですが、
それでもたまにレンタルビデオ店で「呪いのビデオ」なるものを
借りることがあります。あ、これって興味がまだあるということですね(笑)
この「呪いのビデオ」はシリーズになっていて、
もうかれこれ10本以上は見ています。真偽のほどはまったくわかりませんが、
映り込んだ霊(?)に気づいた瞬間鳥肌が立つようなものもあり、
「これはありえん(ほど怖い)」「今のはビミョー」などと妻と言い合いながら、
毎回楽しんでいます。
で、中には「このビデオを撮影してから災いが起こるようになった」という
いわくつきの映像もあったりします。お約束ですね。
災いの真相が霊の「呪い」によるものなのか、ただの偶然なのかわかりませんが、
やはりエピソード的なものがあったほうが怖さも増すというものです。
…とここまで書いておいて言うのもなんですが、
実は私、霊の存在自体はあまり信じていません(笑)
少なくとも霊なんかより生身の人間のほうがよっぽど怖いと思っているので、
仮に霊が存在していたとしてもそれほど恐れることはないんじゃないか、
というスタンスなんですね。
ただ、霊の存在は信じていなくても「呪い」については信じています。
え、矛盾していないかって!?
私の中ではまったく矛盾していません。むしろ呪いは私たちの生活の中で
いたるところに存在していると思っています。いったいどういうことでしょう。
少し前に私の腰痛が治った話を書きましたが、
実はこれも呪いがおおいに関係しています。はっきり言いましょう。
長年悩まされていた腰痛が治ったのは、
私にかけられていた呪いが解けたからなんです。
・・・
・・・
ええ、大丈夫です。気は確かです(笑)
表現が過激だったかもしれませんね。もうちょっと噛み砕いて説明しましょう。
呪いというのはいわば暗示のようなものです。
呪いに込められたメッセージが私たちのココロとカラダに働きかけ、
さまざまな症状を引き起こしているんですね。
たとえば以前、イヌイットの凍傷の話を取り上げたことがあります。
“北極圏に住むイヌイットはその昔、氷の上に裸で寝ても凍傷になることが
なかったという。それが今では他の民族同様、凍傷になってしまう。
その原因は西洋人が「そんなところに裸で寝ると凍傷になってしまうよ」と
吹き込んだから…”という話です。
この場合「そんなところに裸で寝ると凍傷になってしまうよ」ということばが
イヌイットにとって呪いとなってしまったんですね。
それまで凍傷という概念がなかったところに西洋人が持ち込んだがために、
結果的に凍傷が広まってしまったという、なんとも皮肉な話です。
実は似たような例が日本にもあります。「ストレス」です。
ストレスということばが海外から入ってきたとき、
適当な訳語が見当たりませんでした。ストレスに相当する概念が
当時の日本にはなかったからです。
で、しょうがなくそのままストレスと呼ぶことにしたそうです。
その結果が現在の「ストレス大国」日本です。面白い説だと思いませんか。
もしあのときストレスということばが入ってこなかったら、
日本人はもっと気楽に生活ができたかもしれませんね。
凍傷とストレス、今ふたつの例をあげてみましたが、
興味深い共通点があることに気づきましたでしょうか。
どちらも悪意を持って広められたものではない、ということです。
イヌイットの生活様式が理解の範疇を超えていたために西洋人は驚き、
そしておそらくは心配したがゆえに思わず「凍傷になっちゃうよ」と
アドバイスをしたのでしょう。同様にストレスなることばが日本で広まった際も、
「西洋ではストレスで苦しんでいる人が多いから気をつけてね」
といった親切心が少なからずあったことと思います。
悪意どころか相手を気遣って発せられたことばや植えつけた概念が、
結果的に相手を苦しめてしまうことになる。これを英語で
“The road to hell is paved with good intentions.”と言うそうです。
意味は「地獄への道は善意で舗装されている」。
この「善意」がまさに呪いとなってしまっているんですね。
私たちの生活の中で呪いはいたるところに存在している、
と述べた理由がここにあります。よかれと思ってしたことが
悪い結果へと導くことが往々にしてあるんです。
腰痛が治ったときと同様、私がタバコをやめられたのもある意味、
呪いから解放されたからだと思っています。
喫煙者の耳に心地よいことばや、禁煙している人への安易な励ましのことば。
こういったものの多くが呪いとなって、タバコをやめにくくさせているんです。
ニコチンの持つ依存性に呪いが結びつくことで、より強い依存が形成される。
これが俗に言う「ニコチン依存症」の正体です。
個人的には「ニコチン依存症」ということばも呪いとなりうると思うのですが、
ここでこれ以上言及するのはやめておきましょう。
世の多くの禁煙法は呪いの部分にまでアプローチしていません。
一時的にタバコをやめることができても吸いたい気持ちがなくならないのは、
呪いが完全に解けていないからなんです。
つまり、呪いについて意識することこそが卒煙へとつながるんですね。
呪いなど馬鹿ばかしいと思うか、あるいはそれも一理あると思うか。
どう受け止めるかはあなたの自由ですが、
一度深く考えてみるだけの価値はあると私は思っています。
少なくとも霊の映り込んだ写真やビデオの映像なんかよりは、
よっぽど人間に災いをもたらすものですから…
大人になった今ではさすがに興味がなくなったのですが、
それでもたまにレンタルビデオ店で「呪いのビデオ」なるものを
借りることがあります。あ、これって興味がまだあるということですね(笑)
この「呪いのビデオ」はシリーズになっていて、
もうかれこれ10本以上は見ています。真偽のほどはまったくわかりませんが、
映り込んだ霊(?)に気づいた瞬間鳥肌が立つようなものもあり、
「これはありえん(ほど怖い)」「今のはビミョー」などと妻と言い合いながら、
毎回楽しんでいます。
で、中には「このビデオを撮影してから災いが起こるようになった」という
いわくつきの映像もあったりします。お約束ですね。
災いの真相が霊の「呪い」によるものなのか、ただの偶然なのかわかりませんが、
やはりエピソード的なものがあったほうが怖さも増すというものです。
…とここまで書いておいて言うのもなんですが、
実は私、霊の存在自体はあまり信じていません(笑)
少なくとも霊なんかより生身の人間のほうがよっぽど怖いと思っているので、
仮に霊が存在していたとしてもそれほど恐れることはないんじゃないか、
というスタンスなんですね。
ただ、霊の存在は信じていなくても「呪い」については信じています。
え、矛盾していないかって!?
私の中ではまったく矛盾していません。むしろ呪いは私たちの生活の中で
いたるところに存在していると思っています。いったいどういうことでしょう。
少し前に私の腰痛が治った話を書きましたが、
実はこれも呪いがおおいに関係しています。はっきり言いましょう。
長年悩まされていた腰痛が治ったのは、
私にかけられていた呪いが解けたからなんです。
・・・
・・・
ええ、大丈夫です。気は確かです(笑)
表現が過激だったかもしれませんね。もうちょっと噛み砕いて説明しましょう。
呪いというのはいわば暗示のようなものです。
呪いに込められたメッセージが私たちのココロとカラダに働きかけ、
さまざまな症状を引き起こしているんですね。
たとえば以前、イヌイットの凍傷の話を取り上げたことがあります。
“北極圏に住むイヌイットはその昔、氷の上に裸で寝ても凍傷になることが
なかったという。それが今では他の民族同様、凍傷になってしまう。
その原因は西洋人が「そんなところに裸で寝ると凍傷になってしまうよ」と
吹き込んだから…”という話です。
この場合「そんなところに裸で寝ると凍傷になってしまうよ」ということばが
イヌイットにとって呪いとなってしまったんですね。
それまで凍傷という概念がなかったところに西洋人が持ち込んだがために、
結果的に凍傷が広まってしまったという、なんとも皮肉な話です。
実は似たような例が日本にもあります。「ストレス」です。
ストレスということばが海外から入ってきたとき、
適当な訳語が見当たりませんでした。ストレスに相当する概念が
当時の日本にはなかったからです。
で、しょうがなくそのままストレスと呼ぶことにしたそうです。
その結果が現在の「ストレス大国」日本です。面白い説だと思いませんか。
もしあのときストレスということばが入ってこなかったら、
日本人はもっと気楽に生活ができたかもしれませんね。
凍傷とストレス、今ふたつの例をあげてみましたが、
興味深い共通点があることに気づきましたでしょうか。
どちらも悪意を持って広められたものではない、ということです。
イヌイットの生活様式が理解の範疇を超えていたために西洋人は驚き、
そしておそらくは心配したがゆえに思わず「凍傷になっちゃうよ」と
アドバイスをしたのでしょう。同様にストレスなることばが日本で広まった際も、
「西洋ではストレスで苦しんでいる人が多いから気をつけてね」
といった親切心が少なからずあったことと思います。
悪意どころか相手を気遣って発せられたことばや植えつけた概念が、
結果的に相手を苦しめてしまうことになる。これを英語で
“The road to hell is paved with good intentions.”と言うそうです。
意味は「地獄への道は善意で舗装されている」。
この「善意」がまさに呪いとなってしまっているんですね。
私たちの生活の中で呪いはいたるところに存在している、
と述べた理由がここにあります。よかれと思ってしたことが
悪い結果へと導くことが往々にしてあるんです。
腰痛が治ったときと同様、私がタバコをやめられたのもある意味、
呪いから解放されたからだと思っています。
喫煙者の耳に心地よいことばや、禁煙している人への安易な励ましのことば。
こういったものの多くが呪いとなって、タバコをやめにくくさせているんです。
ニコチンの持つ依存性に呪いが結びつくことで、より強い依存が形成される。
これが俗に言う「ニコチン依存症」の正体です。
個人的には「ニコチン依存症」ということばも呪いとなりうると思うのですが、
ここでこれ以上言及するのはやめておきましょう。
世の多くの禁煙法は呪いの部分にまでアプローチしていません。
一時的にタバコをやめることができても吸いたい気持ちがなくならないのは、
呪いが完全に解けていないからなんです。
つまり、呪いについて意識することこそが卒煙へとつながるんですね。
呪いなど馬鹿ばかしいと思うか、あるいはそれも一理あると思うか。
どう受け止めるかはあなたの自由ですが、
一度深く考えてみるだけの価値はあると私は思っています。
少なくとも霊の映り込んだ写真やビデオの映像なんかよりは、
よっぽど人間に災いをもたらすものですから…
私のペットです ポチッとしてやると喜びます(笑) →
posted by ふみたか at 16:56
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| 卒煙ナビ
2009年09月29日
ロンブーの淳さん
時事ネタというほど大きなニュースでもないんですが、
ちょっと気になった芸能ニュースを取り上げたいと思います。
ロンドンブーツ1号2号の田村淳さんの破局についてです。
…といっても破局そのものではありません。
相方の田村亮さんによると、淳さんの破局がわかったきっかけが
「2〜3年やめていたタバコを再び吸いはじめた」からなんだそうです。
この事実を知って反射的に感じたことがふたつほどあります。
淳さんって確か「禁煙セラピー」の帯に登場していたはずなのに。
契約とかがあったとしたら大丈夫なのかな、という素朴な疑問がまずひとつ。
もうひとつは淳さんほど発想が柔軟で頭の切れる人が
なぜ再喫煙に陥ってしまったのか、ということです。
淳さんって司会をしている番組が「子供に見せたくない番組」の
トップにくるほど世間での印象が良くないようですが、
私は今の30代の芸人さん、タレントさんの中でも進行役をさせたら
ズバ抜けてうまいのではないかと思っています。
芸能人に限った話ではありませんが、新しい情報を収集したり
世間の価値観の変化にイチ早く気づいて自分に取り込むことって
非常に大事ですよね。特にお笑いタレントさんなんかは常にアンテナを立てて
感性を研ぎ澄ましていなければ、芸能界という競争の激しい世界で
活躍し続けるのは難しいのではないでしょうか。
その意味で淳さんは非常に感度が高く、柔軟な頭とスマートな知性を
持ち合わせているのではないかと、個人的に思っています。
数年前にタバコをやめたのも、それまで抱いていた幻想に気づいて
すっかり洗脳から醒めたものだと思っていたのですが…
希望的観測が入っているかもしれませんが、
淳さんの再喫煙はたぶん一時的なものだと思います。
タバコなんかにすがったところで気休めにもなりはしないことを、
淳さんほどの人がわからないはずはありません。
吸っている人を無理やりやめさせる気はまったくないのですが、
淳さんはとても期待しているタレントさんなので今回取り上げてみました。
もしご本人がこの記事読みましたら、ぜひもう一度卒煙しませんか。
ちょっと気になった芸能ニュースを取り上げたいと思います。
ロンドンブーツ1号2号の田村淳さんの破局についてです。
…といっても破局そのものではありません。
相方の田村亮さんによると、淳さんの破局がわかったきっかけが
「2〜3年やめていたタバコを再び吸いはじめた」からなんだそうです。
この事実を知って反射的に感じたことがふたつほどあります。
淳さんって確か「禁煙セラピー」の帯に登場していたはずなのに。
契約とかがあったとしたら大丈夫なのかな、という素朴な疑問がまずひとつ。
もうひとつは淳さんほど発想が柔軟で頭の切れる人が
なぜ再喫煙に陥ってしまったのか、ということです。
淳さんって司会をしている番組が「子供に見せたくない番組」の
トップにくるほど世間での印象が良くないようですが、
私は今の30代の芸人さん、タレントさんの中でも進行役をさせたら
ズバ抜けてうまいのではないかと思っています。
芸能人に限った話ではありませんが、新しい情報を収集したり
世間の価値観の変化にイチ早く気づいて自分に取り込むことって
非常に大事ですよね。特にお笑いタレントさんなんかは常にアンテナを立てて
感性を研ぎ澄ましていなければ、芸能界という競争の激しい世界で
活躍し続けるのは難しいのではないでしょうか。
その意味で淳さんは非常に感度が高く、柔軟な頭とスマートな知性を
持ち合わせているのではないかと、個人的に思っています。
数年前にタバコをやめたのも、それまで抱いていた幻想に気づいて
すっかり洗脳から醒めたものだと思っていたのですが…
希望的観測が入っているかもしれませんが、
淳さんの再喫煙はたぶん一時的なものだと思います。
タバコなんかにすがったところで気休めにもなりはしないことを、
淳さんほどの人がわからないはずはありません。
吸っている人を無理やりやめさせる気はまったくないのですが、
淳さんはとても期待しているタレントさんなので今回取り上げてみました。
もしご本人がこの記事読みましたら、ぜひもう一度卒煙しませんか。
私のペットです ポチッとしてやると喜びます(笑) →
posted by ふみたか at 12:31
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「ふみたか」です。