2011年02月19日

前提を変えてみる

2月も後半に入りました。社会の急速な禁煙・分煙化や大幅な値上げもあって、
「今年こそはタバコをやめるぞ」との思いを強く持っている人が多いようです。
しかしその一方で「やっぱり禁煙は難しいのでは」と不安を感じ、
そのハードルの高さに二の足を踏んでいる人もちらほら見受けられます。

「タバコをやめることは難しい」

一般的な通念として受け入れられていますよね。
でもこれって本当に正しいのでしょうか。
喫煙者の多くがこの前提に縛られているがゆえに、実際タバコをやめることを
難しくさせている。私にはそう思えてなりません。

気難しそうに思っていた人が、しゃべってみると意外と気さくだった。
なんて経験したことありませんか。その人のどこかに「気難しそう」な要素が
あったのでしょうけれども、そこばかりがクローズアップされすぎて
実際の人柄はそうでもなかった。よくある話です。

要は前提をどうするかによって、その後の現実が変わってくるんですね。
気難しそうな人という前提で接するから話しかけにくい、
あるいは思っていることがうまく言えない。
ところが、それほど気難しくもなさそうだと心の中での前提が変わってくると、
話しかけやすくなるし会話も楽になる。そんなものですよね。

これと同じことがタバコでも起こっているんです。
「タバコをやめることは難しい」との前提でやめようとするから、
本当にやめられなくなってしまう。嘘みたいな話ですが、
これだけのことで世の多くの喫煙者が苦しんでいるのです。

でも、だからと言って「タバコをやめるのはチョー簡単♪」
と思えばいいというわけでもありません(笑)
さきほどはタバコの怖さを過大評価しているという話でしたが、
これではいくらなんでも過小評価しすぎですから。
なにごとにもバランスってものが大事です。

「タバコをやめることは世間で言われているほど難しくはない」

もっと短いフレーズのほうが収まりがいいのでしょうけれども(苦笑)、
これくらいの前提がちょうどいいと思います。
まずは高めに見積もっている卒煙への心のハードルを下げてあげること。
タバコをやめようと思いつつもなかなか踏ん切りのつかない人は、
ここからはじめてみましょう。


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posted by ふみたか at 11:56 | Comment(4) | 卒煙ナビ

2011年01月02日

火の用心

あけましておめでとうございます。

この年末年始は大雪に見舞われたところも多いようですが、
無事に新年を迎えることができましたでしょうか。
火事のニュースも相変わらず多いので、
火の元にはみなさま十分にお気をつけください。
それでは本年もよろしくお願い申し上げます。

今回は私の個人的な体験をもとにした話です。
私は2006年の1月にタバコをやめました。
卒煙して丸5年になるのですが、実は1回だけ吸ってしまったことがあります。

タバコをやめてから約4ヶ月後、ゴールデンウィーク明けのことです。
会社の人と焼肉を食べに行く機会がありました。
正確なメンバーまでは覚えていないのですが、当時の職場は喫煙者が多く、
そのときも半数以上は喫煙者が占めていました。

宴もたけなわとなったころ、私の視界にふとタバコの箱が目に入りました。
マルボロ・メンソールだったでしょうか。
この瞬間、私の好奇心(?)がむくむくと頭をもたげてきました。
お酒が入っていたせいもあり、つい1本もらって吸ってしまったのです。
で、久しぶりに吸ってみた感想はと言うと…

これといってありませんでした(笑)
おいしいと思うこともなかったし、逆に久々でむせるようなこともなかった。
ただ単にタバコを1本吸ったという事実が残っただけ。
結局それ以上もらうことも、帰りに買うこともありませんでした。

私の場合は再喫煙につながりませんでしたが、
今思えばずいぶんと危ない橋を渡ったものだと思います。
お酒の場が喫煙欲求を刺激することは喫煙者ならよくご存知ですよね。
あのとき私は「1本お化け」に出くわし、
あやうく取り憑かれてしまうところだったのです。

ではなぜ再びタバコの虜になることなく生還することができたのか。
さきほど書いたように、吸ってもこれといった感慨が湧かなかったことと、
それまでの4ヶ月の間に完全に醒めてしまっていたこと。
このふたつが大きな理由だと思います。

見方を変えればタバコに対して完全に醒めていたからこそ、
久しぶりに吸ってもなんとも思わなかった、とも言えます。
このあたり、男女の関係にも通じるものがあるのではないでしょうか。
もっとも、私自身はそれほど経験豊富なわけではありませんが(苦笑)

いずれにせよ「焼けぼっくい」に火がつかないですんだのは、
シラフのときにきっちりと関係を清算していたから。
これが大きいと思います。抽象的でわかりにくいかもしれませんが、
タバコに未練や現在進行形でのポジティブな感情が残っていると、
ふとしたことがきっかけで気持ちが再燃してしまうんですね。

時節柄、空気が乾燥しがちですが、空気も心も乾いているときは
注意が必要です。ほんの「火遊び」のつもりが、
取り返しのつかないことになってしまいますから。
くれぐれも「火の用心」を怠りなく。


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posted by ふみたか at 19:37 | Comment(26) | 卒煙ナビ

2010年12月12日

右脳と左脳

ちょっと前に読んだメルマガで、気になる一文を見つけました。
「左脳でわかったと思っていても右脳がそれを納得しない限り、
 本当の意味で理解しているとは言えない」
といったことが書いてあったのです。どういうことかわかりますか。

「頭では理解しているんだけど、タバコをやめることができない」
というコメントをいただくことがあります。
このブログからなんらかの気づきを得られたものの、
すんなりと卒煙するまでには至らない、という方がけっこういるんですね。
その理由がまさにこれだと思うんです。

右脳と左脳ではその働きが違うと言われています。
私は専門家ではないので一般的な知識しか持ち合わせていませんが、
右脳と左脳にはそれぞれこういった特徴があるそうです。

右脳:五感を通じての感覚や感性を司る
    直感的、空間的な認識が得意
    イメージでものごとを記憶する

左脳:論理的思考を司る
    分析や計算などが得意
    文字やことばでものごとを記憶する

左脳から取り込まれた文字情報を、右脳の感覚的なフィルターに通すことで
より強固に焼きつける。かなり荒っぽい言い方になりますが、
こうすることによって新たな理解が定着する、ということなのでしょう。

理屈はわかっているけど行動が伴わない、あるいは習慣として定着しない、
というのも結局は右脳の感覚的な部分が納得していないからなんだと思います。
いわば右脳が「反論」を持っているんですね。
タバコの場合の反論材料と言えばホッとする、くつろげるといった
ポジティブな感覚が代表的なものでしょう。

ここで注目してほしいのは、その感覚がどういった経緯で
もたらされているのか、ということなんです。
感覚そのものは否定せずに、その背景に疑問を持つことで
右脳が自然と納得するように持っていくのが望ましいと私は考えます。

「脱いだときの解放感を味わうために、わざわざキツい靴を履くようなもの」
禁煙セラピーは喫煙の本質をこのように言い表しています。
喫煙がいかに無意味な行為なのか、非常にイメージしやすいたとえですよね。

タバコって右脳のエモーショナルな部分に強く働きかけているので、
理屈だけではなかなかやめにくいんです。
喫煙者の心に形づくられているイメージは100%虚像によるものと
言ってもいいでしょう。ことばは悪いですが、それほど巧妙に仕組まれた
大がかりな「詐欺」なんですね。

脳にはまだまだ未知の部分がたくさんあり、
上述した右脳と左脳の働きの違いも実際はそれほど厳密ではないようです。
ただ、喫煙のカラクリをビジュアルで思い浮かべやすいのではと思い、
あえて右脳と左脳の働きを単純化してみました。

時期的に頭も体もフル回転の方が多いかと思いますが、
ちょっと落ち着いたときにでも右脳が描いているタバコのイメージを
見つめなおしてみてはいかがでしょう。
思わぬクリスマスプレゼントがもらえるかもしれませんよ。


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posted by ふみたか at 17:38 | Comment(4) | 卒煙ナビ